日々

2018年2月20日 (火)

感謝しこそすれ・・

 昔の歌や、映画や、漫画や、遊びや・・

遠い昔の古い事どもを

ただただ 懐かしがるばかりの きーポケではあるが

そんな思い出の中の記憶の映像などは

残念ながら薄れてボヤけてしまっていて

今になると甚だ曖昧な状態の残像ばかりである。


 しかし そんな、薄れゆく 懐かしい写真や声や映像などを

今に蘇らせてくれるのは

インターネット(IT)という新しい現代の技術である。



 あふれるほどに地球を網羅している「IT」情報の中に

きーポケが懐かしく思う「音」や「映像」などを

簡単に探し出す事が出来る・・今更 言うまでもないが

そんな便利さは、感謝すべきIT時代の進歩のはずである。



 だから、だから・・

「IT」とか「AI」とかが発展する その先行きが

確実に人類の便利さと幸せにつながってほしいと思う。

そんな一方で・・

使い方次第では 否応なく、地球の終末に向かう速度を

速めるような恐れもあると危惧したりする。

 「IT」や「AI」の進歩に うかれ

ついつい偏りがちになる人類の愚かさに

同じ人類の一人として、ちょっと生意気ながら

常に反省の心を・・と思う きーポケである。


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2018年2月16日 (金)

その先に 何がある・・?

 無人で営業するスーパーマーケットやコンビニが

アメリカや中国などで試験的にオープンしているという

ニュースを見た。


 「ITC(インフォメーション テクノロジー

コーディネータ)」とか(もしかしたら「AI」も・・)の

技術で、無人でも営業が出来るのだという・・。



 1990年前後から情報通信機器は パソコンは勿論

ポケベルやPHSに始まり、それが携帯電話へと移り

今では あっという間にスマホが世界中を席巻している。


 パソコンや携帯電話(ガラケー)が盛んに使われだした

頃には、『ほんま 便利になったもんや・・』などと

世の中の急速な変化に ただただ驚き感心していたきーポケ

だったが、その後に スマホが普及し始めてから10年が

経ち、今やもう ほとんどの人がスマホを持ち歩く時代に

なって、しかし そうなると きーポケなどは

その使い方によっては世の中の大切な何処かが偏った

ような状況に、少し不安を感じたりするようになって来た。


 スマホに限らず「ITC」とか「AI・人口知能」とかの

発展そのものは、人類への貢献が非常に大きいのだろう。

しかし その反面 それを使おうとする個人や団体が

余程注意をして取り入れないと

逆に 人類の暮らしのマイナス面も大きくなりそうな

「諸刃の剣」の危険性を含んでいると考えるのだ。



 否が応でも これからの世の中は

「IT」や「AI」とかでコーディネイトされた暮らしに

なってくるのだろう。

その方が無駄がないという発想もある・・。

何事にも企業や団体は、無駄の少ない方法で利益を

上げようとするのは間違ってはいないだろう。

無人のスーパーやコンビニの出現は その一歩か。

ただ しかし それが、本来 人類(人)が望んでいる

暮らしの形なんだろうか・・と考えてしまう。


 ものぐさで出不精者のきーポケの云えたセリフではないが

「それって 楽しい・・?」



 ・・・「無人のスーパーが・・」というニュースを聞いて

発展し過ぎた その先にあるのは、いったい何なんだろう・・

と フト思って少し考えたけど

話の内容が大きく難し過ぎて、きーポケ如きの頭では

どうにも話の仕舞を付けられそうにない。

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2018年2月12日 (月)

朗読『不断草』

 この頃の きーポケの昼寝は、YouTubeから流れる

「朗読」を聴きながら寝る。


 藤沢周平さん、池波正太郎さん、山本周五郎さんら・・等々

多くの作家の小説の朗読を聴く事が出来る。


 山本周五郎さんの短編集「小説 日本婦道記」の中に収めら

れている『不断草』という短編小説を「朗読」で聴いた。


 「小説 日本婦道記」は、厳しい武家の定めの中で

夫のため、子のため、家のため

哀しさに負けず、清々しいまでの強靭さで己を貫いた

妻や母の生き様を描いた11編からなる短編集。


 泣けた…。

久しぶりに 泣けた・・。

藤沢周平さんの短編小説『山桜』以来の

泣けた時代小説であった。


 きーポケは知らなかったけれど、昔に吉永小百合さん主演の

テレビ放送があったらしい。

Photo

1980年製作TBS  菊枝・・吉永小百合。

三郎兵衛・・林与一。 姑・・三益愛子


 嫁したばかりの菊枝は、ある時を境に突然に変貌した

夫・三郎兵衛や姑から辛く当たられるようになり

嫁してから半年で離縁された。

その頃 米沢藩上杉家には「七家騒動」が起こり

菊枝が実家に戻されてから、三郎兵衛も騒動の責任をとって

米沢から退国させられた事を知った。

三郎兵衛が側にいなくって目の不自由な姑が一人残された

事を知り、菊枝は実家の父には勘当されたが

名前を偽り 目の不自由な姑の世話をする決意をする。

名前を偽ったままの菊枝と姑の暮らしが五年を過ぎた頃

お家騒動もほぼ収まり、三郎兵衛の名誉も回復されて

米沢へ帰参することが決まる。

そして 姑から、菊枝が知らなかった それまでの真実を

聞かされた。

『名前を偽っていたが、そなたが菊枝だということは

初めから わかっていました。

そなたに冷たく当たり 半ば強引に離縁したのは

藩の為とはいえ 三郎兵衛たちが騒動を起こした後に

そなたや そなたの実家に、咎めが及ばないための

行動でした。』・・と。


 苦難を乗り越える忍耐力、健気さ、そして 人を思いやる

優しい心で 清く正しく生きる姿は 真に美しい 。

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2018年2月 9日 (金)

大映映画『江梨子』

 遠い遠い、遠い昔に観た 大映映画『江梨子』への

きーポケのしつこい思い入れの話は 今回も続くのだ。


 きーポケが高校1年生になりたての頃の、1962年

(昭和37年)の休日に、たまたま入った映画館で観た

2本立て映画の内の1本が、当時 人気歌手だった

橋幸夫さんのヒット曲『江梨子』から生まれた

大映映画『江梨子』だった。

その当時は、若い歌手達の人気にあやかって多くの青春映画

が作られていたが、大映映画『江梨子』も橋幸夫さんの

人気に便乗して作られた歌謡映画だったと思う。

 その映画での橋幸夫さんは、決して上手いとは言えない

演技だったが、脇をしめる俳優さんや演出などに助けられて

それなりの歌謡映画になっている。


Photo

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左から・・橋幸夫・船越英二・三条魔子・岩崎加根子

Photo_3
茂のクラス仲間 数人とと茂の部屋で
江梨子も一緒に「荒城の月」を歌う。
江梨子にとって数少ない 幸せなひとときだった。


茂と江梨子が仲良くするのを心配した周りの大人達が

強引に江梨子を田舎へ帰してしまった。


 やっと休みになって田舎へ帰った茂は

江梨子を必死に探したが、どこにもいなかった。

意気消沈した茂は、気晴らしに近郊の山村に散策に

出かけた。

Photo_4
散策の途中で立ち寄った田舎の小さな食堂に入り
茂はサイダーを注文する。
注文を受け コップにサイダーを注ぐ娘・・江梨子だった。
名も知らぬ村の小さな食堂で、江梨子は働かされていた。


Photo_5
『僕は駅を3つ過ぎて来たよ・・』
『私は2つ過ぎたわ・・』
夜、誰にも知られずに それぞれが自転車で
二人の中間地点辺りの場所で落ち合い、今の境遇や
夢を語り合う。


Photo_3
茂が東京へ帰る日、二人を会わせたくない茂の母が
江梨子に遠い所まで行かねばならない用事を言付けた。
茂が東京へ帰ることを知った江梨子は、急いで用事を済ませ
茂が乗る汽車に間に合うように、必死で走るのだが・・。


Photo_4
無理がたたって病気になった江梨子・・。
『おばさん このセーターだけは、私の手で編みたの・・』
江梨子の身体を気遣い、編み物は止めろと注意をする叔母に
病身の江梨子は、茂に着てもらうこのセーターだけは
編み終わって死にたい・・と 願うのだが・・。

注)
『着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます・・』と

都はるみさんが歌い大ヒットした「北の宿から」は

この映画より13年後の1675年(昭和50年)の発売である。

Photo_5
「江梨子 危篤・・」の電報を受け、急いで駆けつけた
茂だったが、しかし 間に合わなかった。

注)江梨子の死顔は とても綺麗だったが

掲載した写真はVHSカセットテープをテレビで再生し

それをカメラで映したものだから

非常に汚い画像なのである。


 きーポケが映画『江梨子』のあらすじを

下手な文章にするより、橋さんが歌う『江梨子』の歌詞が

映画の物語を簡潔で的確に表している。

橋幸夫『江梨子』

 作詞:佐伯孝夫 作曲・編曲:吉田正

 1)冷い雨が降る朝に

   一人で江梨子は死んでしまった

   かわいそうな江梨子よ

   きれいだった江梨子よ

   涙にぬれたその顔を

   花で飾ってあげましょう

 2)だまされたって傷つかぬ

   やさしい心の娘だったが

   大人達が江梨子よ

   わるいんだぜ江梨子よ

   苦しみのない天国で

   きっとなるでしょ幸福に

 3)海辺のお墓その下で

   静かに江梨子は眠っている

   野菊だけど江梨子よ

   つんできたぜ江梨子よ

   今では逢えはしないけど

   残る名前の美しさ


 まぁ 子供だましの悲恋物語だと いえなくもない映画だ。

戦後 十数年を経て農地改革後の新時代になったとはいえ

まだ地主とか小作人とかの 古い制度が残っている

特に地方の、貧しい小作人の娘・江梨子が

自分では どうにもならない大きな定めなかで

哀しさや切なさに負けず 必死に生きようとして

ささやかな喜びを得、一途な愛に命をかける・・。

 高校1年生の まだガキだった きーポケのどっかの中に

江梨子は強く入り込んでしまった。

 そのあと きーポケが二十歳になっても・・

四十歳の中年になっても・・

七十歳を過ぎた今も・・

映画『江梨子』への想いは、薄れてはいない。


あ〜ぁ・・

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2018年2月 5日 (月)

寒い朝に・・

今朝 起きて 孫の次男の高校入試は もうそろそろの頃か

・・と フト思い、ネットで調べたら まさに今日だった。

いや〜・・以前 入試の日は聞いていたのに

忘れるのは お手のものだ。


長女のFacebookを開いて見ると・・

『今朝干した  洗濯物が  凍ってる

くっついて あたたまろうね  寒い朝

わすれもの  ないねかんぺき  だいじょうぶ

なにげない  会話ですごす  緊張の朝

人生は どうにでもなると 急にはげます』

・・・との

入試の朝の、息子を送り出した母親の心情が

書かれていた。

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2018年2月 3日 (土)

パソコンへ保存?

 たまたま夜中に目覚めた半覚醒の虚ろな状態で

何故か突然 きーポケの記憶に蘇った2本の映画・・。

そんな話を前回 書いた。


 その映画の一つ 大映映画『江梨子』は

きーポケにとって思い入れの深い映画である。

きーポケが16歳の頃から、隠居暮らしの現在に至るまで

映画『江梨子』の残像は薄れることはなかった。


 だから、江梨子に会いたいと思う時には

いつでも会えるようにと、以前 テレビで放映していた

映画『江梨子』を、VHSのカセットテープに録画して

保存している。


 ただ、録画した時期が1992年(平成4年)の

3月16日に、カセットテープに録画したものだし

画像がきれいだと言われる 現在の
「地上デジタル放送」

には まだなっていない「アナログ放送」の時だったので

録画した画像は粗く、決して綺麗な状態ではない・・。

Photo



 話は ちょっと横へそれるが・・

その 映画『江梨子』を録画したVHSカセットテープの


ラベルの文字を見てみると、どうやら ラベルの文字は


次女が書いてくれているようだ・・。



 何故 映画『江梨子』のカセットテープのラベルの文字を

次女が書いて
くれているのか・・と考えて見た。

1992年(平成4年)の3月といえば・・・

もしかしたら・・そう 多分、高校の卒業式を終えたばかりで

家にいる次女に、
仕事で家を留守にする きーポケが

代わりの
録画を頼んだのではなかろうか・・などと

昔のテープを見て想像し、懐かしい事どもが思い出されて

ささやかな
嬉しさもある



 今はもう、カセットテープに保存する時代ではないと

きーポケでも思うわけで、だから

あまり映り具合の良くない『江梨子』の映像を

これ以上 悪くさせないようにと思い、今風にパソコンの

外付けハードディスクに大切に保存すべく、我が家にある

「ハードディスク・DVD・ビデオ一体型レコーダー」という

録音や再生をする機器で・一旦 DVDに録画をし直して

再度 それをパソコンに取り込もうと試みた。


 ところが、どうもそれは 安易な素人考えだったようで

上手く出来ず、あれやこれやと 色々サイトで調べてみると

「テレビ映像」を「パソコン」に取り込むには

「アナログ信号」を「デジタル信号」に変換するための

何がしかの何がし(?)が 必要らしいとのことだった。


 難しい理屈は きーポケに分かるはずもないが

要は テレビで録画したVHSのカセットテープをパソコンに

取り込む作業は、きーポケの今の知識や技術では

どうにも荷が重い・・という事のようだった。



 まぁ 考えてみたら、きーポケも もうジーさんだし

あと何年、テープがどうの・・保存がどうの・・などと

自分の年齢を考えたら、テープの寿命が先か・・

きーポケの寿命が先か・・そんな状況なわけで・・


 まぁ いっか・・「テープ」のまま残したとしても

観るのは 確実に、きーポケぐらいしかいないのだから・・。

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2018年2月 1日 (木)

夜中に目が覚めて・・

 たまたま 夜中に目が覚めて、半覚醒のそんなときに

どうして こんな事を思いついたんだろうか・・。


 きーポケがまだ高校1年生の休日に、たまたま観た2本立て

映画の1本が橋幸夫さんのヒット曲『江梨子』から生まれた

大映映画『江梨子』(1962年・昭和37年)だった。

主人公の高校生(橋幸夫)の姉夫婦の役を演じていたのが

岩崎加根子さんと
船越英二さんの二人の役者さんだった。

Photo_2
大映映画『江梨子』のVHSビデオテープの
再生テレビ画面から
・・



注)大映映画『江梨子』・1962年 配給

伊豆の旧家の息子・茂(橋幸夫)は、受験勉強のため東京に

暮らす姉夫婦の嫁ぎ先に下宿をする。

そこで江梨子(三条魔子・・この映画のあとに 三条江梨子と

改名する)と知り合うが、身分の違いのため

二人は引き裂かれてしまう。

美しくも 悲しい悲恋のドラマ。




 
それから13年を経た1975年(昭和50年)配給の

松竹映画
「フーテンの寅・寅次郎相合い傘」(第15作)

も、若い頃は恋人同士だったという設定で、中年になった

岩崎加根子さんと
船越英二さんの二人が旅先の小樽で

一瞬の出会いをするという役で出演されていた。


Photo_3

松竹
映画フーテンの寅・寅次郎相合い傘』より


注)松竹映画『フーテンの寅・寅次郎相合い傘』

第15作・1975年 配給

ご存知 渥美清さんの寅さん・マドンナはリリーさん役の

浅丘ルリ子さん。

寅さん、リリーさん、旅先で知り合った会社重役の兵頭さん

(船越英二さん)の3人が北海道を旅をする。

30年前の学生時代の初恋の相手・信子に会うために

兵頭は小樽までやってきたのだった。




 
きーポケに強い印象を残している 2本の映画に

この お二人が、似たような役柄で出演されていている。

 今になって、それも たまたま目が覚めた夜中に

何故 そんなような事を、思いついたのか・・。


 
数多くの映画に出演されているベテランの役者さんの

お二人だから、
2度や3度 同じような役柄を演じていたと

しても、
特別 不思議な事でもないのだろうが

真夜中に目覚めて 半覚醒状態のきーポケが


突然 脈絡もなく思い出した その事柄に

何か意味があるのだろうか・・と考えてしまった。



例えば、「フーテンの寅」の監督 山田洋次さんが

遠い昔に『江梨子』の映画を観ていて

そこで夫婦役を演じている岩崎さんと船越さんを


「いつか自分が作る映画に、必ず出演してもらおう・・」


などと、心に決めていた・・とか なんとか・・。

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2018年1月30日 (火)

好きな物は 最後に食べる?

 今 きーポケが 文庫本のシリーズ物の中で一番 読みたいと

新作が出るのを楽しみに待っている文庫本は

辻堂魁さんの『風の市兵衛シリーズ』だ。

きーポケじーさんが 市兵衛さんの話を大好きだという事は

これまでにも何度か書いてきた。


 今 現在、その「風の市兵衛シリーズ」(祥伝社文庫)

未読の3冊が、本棚横の未読本のコーナーに並んでいる。

第18巻の「待つ春や」、第19巻の「遠き潮騒」

第20巻の「架け橋」の3冊である。


Photo_2

①未読の時代小説
②未読の現代小説
③読み終わって「ブックオフ」へ再度 売る予定の本
④読み終わっているが、手元に残しておきたい本


 今すぐにでも 第18巻から読み始めたいのは山々なのだが

だからといって きーポケは、あっさりと読んだりは しない。

欲望のおもむくままに、真っ先に市兵衛さんを読んでしまうと

残った他の未読の文庫本らが、少し色あせてしまうような

何となく楽しみが減ってしまうような・・

そんな感じが してしまうのだ。

 食べ物でも、好きなものを先に食べるか、後に残すか・・

それは 人によって様々だろうが

どうやら きーポケは最後に残して食べるタイプらしい。


 昔 きーポケが小学校の高学年の頃・・。

四国の片田舎の、店屋の一軒も無いような小さな集落で

今思えば 不思議に思うが、我が家に宅配のヤクルト飲料を

取っていた時期があった。

今のようにプラスチック容器ではなく、ガラスの容器だった

ように思うが、1瓶に入っている量は やはり今と同じで

一息で飲めるほどに少なかった。 

甘いものなど滅多に口にす事も出来なかった昭和30年頃の

田舎の子供には

ヤクルトの味は ちょっと酸味があって ほんのりと甘く

美味しかったはずである。

1瓶のヤクルトの量は、飲めば あっという間になくなって

しまう程度に少ないものだから

子供心に 何だか飲んだ気がしなかったのだと思う。

だから、数日分のヤクルトを飲まずに辛抱して貯めて置いて

沢山 集まってから思い切って飲んでみたいと・・

その方がきっと、ヤクルトの うまさを、十分 満足出来るん

じゃあないかと考えたのだろう。


 毎日届くヤクルトの1週間分ほどを、小さなヤカンに集め

十分 味わえそうな量に溜まった頃に 勢い込んで飲んだら

嗚呼・・残念 無念!古くなったヤクルトは腐っていた・・

という子供の頃の愚かな記憶がある。

もちろん当時は、冷蔵庫などなかった時代だったから。


 『 三つ子の魂 百まで 』とのコトワザもあって

子供の頃の「好きな物は最後に・・」の そんな性格が

70歳を過ぎた今でも 変わっていない事が

可笑しいようにも思うし・・

当たり前のようにも・・思ったりする。

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2018年1月27日 (土)

大好きな藤沢周平さんの作品と云えども・・

 きーポケが 毎日のように文庫本を読むようになったのは

老年に近い年齢になってからで、キッカケはともかく

最初に読み続けたのは藤沢周平さんの作品群だった。 


 藤沢さんの出版されている文庫本は約六十数冊を数える。


『用心棒日月抄シリーズ』、『彫師伊之助捕物覚えシリーズ』


『蝉しぐれ』などなど、本棚から取り出して何度も読むほどに


面白く、きーポケの大好きな作家の一人だ。


Photo


 藤沢さんの六十数冊の文庫本の中で


きーポケがまだ未読の
文庫本が残り4冊あり

それら4冊は すでに サイトの中古屋で購入済みなのだが


そのうちの1冊 『白き瓶・小説 長塚節』(文春文庫)を

未読の文庫本コーナーから取り出して読み始めた。 


 『白き瓶・小説 長塚節』は

昭和60年11月に単行本が文芸春秋社より出版され

その数年後に文庫本が出版されている。


「長塚節は37年の短い生涯を


妻も子も持たぬまま、
正岡子規に師事し

旅と作歌に 壊れやすい身体を捧げた
稀有の人である。

その生涯のかがやきを清冽な文章で辿る会心の鎮魂賦。」

・・と文庫本カバー裏の内容紹介にある。



 そんな藤沢さんの『白き瓶・小説 長塚節』を

読み始めたのだが・・

三十数ページまで進んだところで、どうにも話の内容が

退屈になって、読むのを止めてしまった。


 大好きな藤沢さんの小説を 決して、つまらないなどと

ケチをつけたりするつもりはない。


何しろ この小説
『白き瓶・小説 長塚節』は

第20回 吉川英治文学賞を受賞しているのだ・・。


 ただ きーポケは、名作といわれる小説などよりも

単純で痛快でエンターテイメントな娯楽小説の方が

好きなのだと、
特に歳を経た この頃になって素直に思える。

きーポケじーさんの気ままな読書暮らしが出来る時間も


それほど多く残る年齢でもなくなってきて

自分の好みを わがままに

出来ることなら
好きだ!嫌いだ!だけの単純さで

暮らして行けたらと思うのだが・・。

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2018年1月25日 (木)

たまには逆回りも・・

 きーポケじーさんのブログは

薄っぺらいなぁーと いつも思う。

何しろ 出不精で ものぐさな暮らしの毎日だから

見るものにも 感じるものにも 限りがあるから。

昼寝や文庫本の話だとか、散歩がどうこうしただとか

パソコン操作が難しい などの愚痴話だとか

つまり、個人的な小さな話ばかりだ。

 あいも変わらず 今日も

個人的で極めて小さな 散歩の話になる。

きーポケの散歩には何種類かのコースがある。

近所を あちこち歩き始めて もう 長いから

どれも 見馴れた景色の中を歩くことになる。

 だから 同じ見馴れた散歩コースを歩くにしても

たまには そのコースを逆向きに歩いたりすると

眺める景色も違って見えてきて

ちょっとした新鮮さも味わえたりする。

 きーポケがまだ 見習いの職人だった若い頃に

自分が書き上げた物を逆さから見てみるとか

裏から見てみるとかすると

書き上げた物の バランスの良し悪しがわかる・・

そんな事を、当時の親方に教わったことがある。

 デビューから29連勝の大記録を達成し

昨年 日本中を沸かせて話題になった中学生のプロ将棋

藤井聡太4段が、対戦中に立ち上がって相手側の後に廻って

盤面を見ている映像をテレビで観たが(ひふみんアイ)

多分 この行為も、相手側の視点に立ってみるとか

全体の状況を判断するための方法を身につけている

からなのだろう。

 それも これも、そして あれも・・

嗚呼〜・・何となく 人生だよなぁー。

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