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2015年11月26日 (木)

ちょっと ひとこと・・

『元亀二年十月、カブラルはジョアンを連れて、臼杵を出発、海路、堺へと向かった。船は四国の土佐領内、四万十川の河口にある四万十港に入り、さらに四国の港をたどって紀伊の港に向かう航路をとった。途中、海賊を避けながら堺に入ったのは、十一月二十九日だった。・・・』

この文章は、
2012年「蜩ノ記」で第146回直木賞を受賞した時代小説作家の葉室麟さんの第4作目の小説「風渡る」の文中の一節だ。

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戦国時代に豊臣秀吉
の側近として仕え、後に九州福岡藩の藩祖となったキリシタン大名・黒田官兵衛と、葉室さんが創作した碧い目をした日本人修道士・ジョアンの二人を中心にした、戦国時代の物語である。


私が読む小説の中に、私が生まれ育った場所などが登場すると嬉しくなって、つい誰かれとなく話しをたくなり・・こうして性懲りもなく書いている。

この文章の部分は、キリシタン宣教師のカブラルが日本語の通訳としてジョアンを連れて九州の臼杵から船で大坂の堺まで旅をしたときの工程を書いた一節だが、文章の中に「
四万十川の河口にある四万十港に入り・・」とある。

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おっ!懐かしき 我が故郷、小ブナ釣りし四万十川が出てきたゾ!・・と喜んだが、ちょっと気になるところがあって・・。


四万十川の河口にある港は「下田」という集落である。

だから この小説のように「
四万十港」とは呼ばず、本来は「下田港」だと思う。

但し、「四万十川」の名称については諸説あるらしく、下流域に暮らす私の父親くらいの年代の人達は
「四万十川」のことを「渡川」と呼んでいたし、アイヌの名前からきているという説もあり、また 上流域に流れる「四万川」と「渡川」との名称が合わさって「四万渡川」と書いてシマントガワと呼んだという説もあるらしい。

私なども小学生の頃には学校の図画の時間などに、下田の港に停泊している船や海などを写生しに行った思い出がある。

だいぶ昔、江藤潤さんという青年が主演で、まだ娘さんだった頃の竹下景子さんや原田芳男さんらが出演していた『祭りの準備』という映画も、その下田に暮らす青年の話しだった。


話しは横道に逸れてしまったが・・

この小説の文章を正確に書くとすれば「四万十川の河口にある下田港に入り・・」となるべきなのだろう・・・と、地元の生まれの私などはつい考えてしまうが、物語的には「四万十港」で良いのだろう。

些細な言いがかりを付けていると、この私の口が曲がったり、腐ったりしてしまうかもしれないから

葉室さん、ごめんなさい!

 

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