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2015年10月 1日 (木)

再読する

私が毎日のように読んでいる娯楽小説の文庫本は、まず中古本のネット通販で購入し、読み終われば まとめて近くのブックオフへ売りに行く。

その繰り返しだが、そんな文庫本の中に、時が過ぎてもまた何年か後に、多分読みたくなるだろうと思える特に面白かった小説がある。

そんな もう一度読みたくなるような文庫本は、読書コーナーの横の私が作った本棚に並べて置いている。

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藤沢周平さんの「用心棒日月抄」シリーズや宇江佐真理さんの「髪結い伊佐次捕物余話」シリーズ、辻堂魁さんの「風の市兵衛」シリーズとか乃南アサさんの「女刑事 音道貴子」シリーズ、大沢在昌さんの「新宿鮫」シリーズ、等々・・まだまだ沢山あるが、そんな中から志水辰夫さんの初期の頃の小説を、その本棚から取り出して再読した。

”シミタツ節”との異名があるように、散文詩を謳いあげるが如き情景の奥深さとか、ささやかな風さえも読む者の頬に感じせてくれる・・そんな志水辰夫さんの文章が魅力の、ハードボイルドというか、サスペンスというか、昔風に言えば冒険活劇小説とでもいうような「飢えて狼」(1983.8 講談社文庫 初発行)と「裂けて海峡」(1986.2 講談社文庫 初発行)を続けて読んだ。

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タイトルがまたいい。

この2冊(正確には、この後1988年8月に同じく講談社文庫から出版された「背いて故郷」も含めた3冊)とも、国の極秘事項を守るという名目のもと、牙をむき出して襲いかかってくる国家を相手に、一人の男が真実を知るべく、そして愛する者を守るために、自らの能力の全て投じ命をかけて国家に立ち向かう・・そんな冒険活劇小説だが、その中の「裂けて海峡」の最後の方に次のような文章がある。

「人間に真の自由などというものはない。誰でも社会や国の制約を受ける」と、個人を押しつぶそうとする国家側の言葉を受けて、立ち向かう主人公が言う。
「人間の規範は個人が優先する。国家はそれに従属する。それを認めない国家は維持するに値しない。(後略)」・・と。



つい先日も、おごり高ぶった現政権が、支離滅裂な国会での答弁のまま、数という権力を用いて強引に、安易に戦争への道につながりかねない法案を押し通した。

それは、個人の上に国家が存在するという戦前の軍国主義的な発想の表れだと感じる。

確かに今 世界の情勢を見ても、危険な武器を大量に持ち、自国の都合のみでの判断を優先して、理屈や道理などは通用しそうにもない国家が存在する。

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そのために我が国も戦争をやりやすい法整備を整え、武器を持つという発想なのだろうが、そんなイタチごっこを繰り返していると、お互いが破滅に至り、そのうち地球そのものがが消滅することになるかもしれない。

争いをして いったい何を守ろうとゆうのか。

決して争いで平和は得られない。

文化交流、経済交流 等々、主義主張は異なっても知恵と不戦の勇気を持って世界は共存したい。

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